おはよーう! わっ! わっ! きゃいんきゃいん!!
さて……動きって難しいよね、って気付いた。
ムズイムズイムズイ……
あ、まず関係ない小話を一つ……
俺は今まで、落書きする時に、何の意味もないポーズの絵しか描いてなかったんだけど、
描き終える度に、次の絵のポーズをどうしよう、どうしようって悩んで、
結局は、次また無意味なポーズの絵を生み出すってサイクルでやってたのね。
言われて気付いたんだけど、ショートストーリー的なモノを頭に浮かべて、
ストーリーを展開させていく。で、その中での決定的瞬間みたいなのを絵にしていけば、
もっと面白く描けるじゃん。ホント、そうだよな。
アニメーションの原画描いてる時も、確かにそういう気分だったのに。
……何で今までこんなことが盲点だったんだろう。
ホント、表現ってコロンブスの卵だよな。前も言ったけど。
因みに、俺は第二のコロンブスの卵を生み出せるような人間ではない。
常に他人のコロンブスの卵具合に驚かされ続ける側の人間だ。
“全てを難しく難しく考えて袋小路”型の思考回路を持ち合わせてる。
今回のの自己成長への課題、“動き”に関しても、また難しく考えてる。
袋小路に陥った時には、誰か新たな視点の提供よろしく。
では、その“動き”について。
動きを理解する為のプロセスを考えた。
動きとは力学的なものだと思う。(力学の何たるかは知らず)
右手で手前の相手にストレートを撃つ時、
そのパンチにスピードがつく程、衝突時の破壊力が増す。
すると、ストレートを撃つ動き
=最大限のスピードでパンチを繰り出すための力学的根拠に基づいたポーズ
ってことになる。もっとも破壊力を上げる為の要因は他にもあるけど。
でも、まあそれは置いといて、
スピードを上げる為には、何をすればいいかを考えよう。
●例えば、左手を後ろに引く反動を利用する。
●腕や肩の筋肉の構造を利用して、内側に捻るようにパンチを撃つ。
(あしたのジョーより。バクマン。でも引用してある。
ガモウひろしのネーム時、高木がオタクを殴る腕には回転が掛かってる)
●前方に突進するスピードをパンチのスピードに加える。
こんなのが挙げられるんじゃないかと思う
これを絵にしてみれば多分スピード感のあるパンチの絵になると思う。
但し、条件がこれだけだと、解釈に若干の差異が出てくる。
差異を完全に無くす為に、全部の条件を知ろうとしてたら
格闘技の専門書みたいなのを読んで、実戦し体得して、
実感込みの絵を描かなくちゃいけなくなる。そんなことをやってる間に人生は終わる。
だから、ある程度の条件を揃えたら、
その条件を守るようにして、何パターンも絵を描き出す。
その過程で、それっぽく見せられる骨を掴むようにする。
この際に、やってはいけないことがある。
これは俺が無意味なポーズ絵ばっかり描いてたからこそ痛感してることだけど、
ポーズ絵を描くノリで、人体構造をキッチリ再現して描こうとすると、挫折するね。
手塚治虫いうところの“ゴムチューブ人間”で、人体構造そっちのけで、
兎に角動きに勢いを出すように心がけて練習すべきだと思う。
っていうか、人体構造の根本的なところが狂ってたら動きの勢いは出し得ないけどね。
つまり、逆説的に言えば、動きの練習から入って、動きが描けるようにさえなれば、
その時点で、人体のバランス的な構造も理解出来ているということになる。
動きとは、そのものが人体構造の一側面でもあるのだ!! 多分。
(だから、人体構造そっちのけでっていうのも変な話だけど……そこはイメージの問題ってことで)
あとの人体構造の勉強は、筋肉をその根本的な骨格にくっつけるだけの作業になる。
(動きが分かるということは人体の構造の半分は理解してるということ。
動きの描けない漫画家が多いが、
彼等は、人物の巧さ=見た目の筋肉の理解度、と勘違いしてるんじゃなかろうか?
つまり、筋肉の付き方は理解してるが、その筋肉の働きは理解していない。
動きの無い絵ばかり描いて、絵の巧い漫画家として名を馳せてても、
実のところは人体構造のもう半分に関しては殆ど全くの無知なのかも知れない)
だから、無理して、完璧な筋肉の絵柄で動きの練習したって、
無駄な労力にしかならないってこと。
動き自体が難しいんだから、筋肉なんていう複雑なものまで
いっしょに背負い込むのだけは絶対にやめた方がいい。
そういうわけで、今後、絵をレベルアップさせていく為にやることが二つ決定しました。
一、ストーリーをまず想定して、キャラクターの動きに必然性を持たせる(清書絵)
一、動きの練習をする。練習法、力学的な根拠を挙げ、それに基づいた絵を簡略化して描く
以上!!
今回は同じことを言い過ぎました。諄(くど)くて済みません。
- 2009/11/07(土) 07:55:20|
- 駄絵
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表現者とは表現者である以前に哲学者であるべきだ!!
哲学者が何を専攻するか、その分野によってそれぞれの表現者がうまれたんじゃないか。
世界を見ること描くことについての哲学者が美術家なんじゃないだろうか。
そして(仮になれたとして)しがないイラストレーターの一人であっても
そこには美術家としての血を滾(たぎ)らせてないといけないんじゃないだろうか。
さて、美術史的な絵に影響受けたのとそうじゃないのだと、
表現の幅が違い過ぎると思う、という話をしよう。
商業主義のイラストを描くにあたっても、表現には幅は必要なのに、
漫画アニメゲーム絵に影響受けてそういうイラスト描いてる奴って、
基本的にその絵柄……つまり上っ面にしか影響受けてないでしょ。
“描き”手なんならさ、
対象を“見る”ということ*、
対象が“在る”ということ**、
対象を“描く”ということの意味を知らないと、
表現の幅は限られた範囲でしか広がらないと思う。
で、それを知る為には、美術史を勉強しないわけにはいかないということ。
(* **この二つは一般の哲学史的な題材ともいえる)
美術史というのはその意味の研究史であって、その論文に当たるものが作品だから。
(但し、作品だけを見ても分からないので、結果的には他人の論文に触れる必要が有る)
それをお座なりにして、一見高い質で成立してようなる絵を描いたとしても、
それは深い部分には訴えてこないわけ。
それを良しとする受け手には責任はないが不幸。
それを良しとする描き手にはその罪がある。
両者がよければそれでいい、というわけにはいかない。
表現とは高いレベルを目指して精進していくことなわけで、
そういう低質な関係が成り立つのを許すことは、表現の世界の減退を意味する。
っていう詭弁。
っていうかさ、幅が狭いってことはさ、企業からしたら使い勝手が悪いってことでしょ。
結局さ、企業が求めてんのって、同じ給料払う条件なら色々使える奴でしょ。
色々使えるってことは、逆に、一つのことをよく理解してる奴とも言えると思うんだけど。
つまり、美術に携わるなら美術についてよく知れっていう簡単な結論。
ワオ、俺が一番出来てないことじゃん!!
他人が挙げるデザイナーの名前・美術家の名前、全然わかんねえもん。
ギャー。説教たれてるような口調だったくせに自分か。
よーし、図書館にこもって、画集ばっかり見まくって
1作家につき3枚程気に入った絵をカラーコピーしてファイリングして、
どうのこうの……みたいなことを土曜にでもしようかな。
知るにはまずは体系づけることが重要。
それが間違った解釈をまずはうんでしまうとしても、
そんなのは後でいくらでも訂正していけばいい話。
比較して、特徴を捉え、好みを探り、心からの興味を引きだす。
これが一番知識を豊富に出来る手段だからね。
それにしても、ポートフォリオを作るとして載せるかも知れない絵さ、
全部今さっき否定したような漫画アニメゲームの方向性で、
更に二三歩及んでない救い難い出来だなあ……。
この限りない遅れから脱却するには美術史的脳を鍛えるしかない(?)
これが美大生の言うこととは……。何しに美大来たんだ? 順序が真逆だろう!!
あっ! 今梶井基次郎読んでます。
- 2009/11/06(金) 04:52:55|
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何かを読み解く時、例えば映画とか、人のはなしとか、小説とかの内容を、
勘違いして独り合点することってたまにあると思うけど、
で、後から、ああなんだ勘違いかって気付くわけだけど、
でもよく考えてみると、独り合点した方のネタも、
それはそれで使えるってこと、意外にない?
あるってことではなしを進めるけど、
それはそれで使えるって思った瞬間に、
あれ、でも実際この解釈も込みの内容だったりして
って思えてくるんだよね。
するとね、この勘違いからきたネタは、
俺のものなのか、語り手のものなのかっていうのが曖昧になってくるんだよね。
これはちょっとズレるけど例にはなると思う。
映画見てたら、
“なんにでもなれるんだ、犬にでも大統領にでも”
“犬と大統領なら大統領が良いな”
ってくだりがあったんだけど、
普通大統領とは答えない気がしない?
なんか大統領って嫌われてるいやなものってイメージがあるから。
だから、おれは、アメリカの映画だったし、
皮肉で“おまえに飼われる心配がない”
みたいなのがつくかなーとか思ったら、何もなかった。
これにはちょっとしたショックを受けたよ。
このネタは糞ってことはおいといて、
このネタって質問を含めて初めて成り立つものじゃん。
でもこの質問は俺が考えたものじゃないわけ。
俺が考えたのは答えだけだけど、
それだけじゃ、このネタは意味がない……
もどかしくない? こういうのってどうすりゃいいんだろう。
稀に見る全く共感されない内容の記事乙。
- 2009/11/05(木) 01:07:07|
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そういうことされちゃ困るってことをされた。
Amazonに!
Magic Mouse(ついさっきまでネズミもmouthかと思ってた、恥ずっ)の発送が11月末だと。
もうさー。何?
しかも何か、いっしょに頼んだCDとかまで11月末発送にしてやんの。
っざけんなって!
もぉぉぉぉぉ。
なんてね。
実は怒ってないどころか何か得した気分。
だって、それって今月はなにも届かない……てことでしょ?
つまりまた何か注文出来るって事……
CD1万円分頼んじゃった事後っ!! やっほーう。
◯加藤和彦
◯坂本龍一
◯エイプリル・フール
◯大滝詠一
◯キャプテン・ビーフハート
◯スーサイド
◯グローバル・コミュニケーション
こんな感じのもん頼んだぜいいぇいいぇいいぇいです。
特に加藤和彦の83年作と大滝詠一の84年作が楽しみ。
近いところでいうと、山下達郎が84年にメロディーズって傑作アルバム作ってんのね。
あのレベルのメロディと、あの時代のアレンジの宝庫が
二作も聴けると思うと、堪らん。
他にも、矢野顕子や坂本龍一が、その時代に
メロディ豊かなポップスアルバム出してるから、今度買いたいと思う。
……でもアレなんだよね。
最初から分かってたことだけど。
今回届かなかったマウス等を来月の金で買うってことだから、
今以降欲しいと思ったものは2ヶ月先まで買えないんだよね。
辛すぎるデイズ!!! カミングスーン!
カミングスーンって。スッゴイ勢いで仮眠取ってるみたいだな。
いや、仮眠を強制されて泣いてる女の子って感じか。
女の子じゃなくていいだろ!!!
- 2009/11/04(水) 17:34:51|
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今日は曽我部恵一BANDが武蔵野美術大学の芸術祭で
フリーライブをやる日だ。
ちなみに多摩美術大学ではSakerockがそれをやる。
僕は、Sakerockにも曽我部恵一BANDにも特に思い入れはないが、
サニーデイ・サービスには思い入れがあるので後者を選択することにした。
さて、さっき起きて曽我部恵一BANDのライブの時間確認したら
もう始まってた。朝からかよ! てか先調べとけっていう!
もうSakerockもどうでもいい。ライブとか糞喰らえ。
家で昨日借りたアルバム15枚を聴きたくってるからいいし!
以上、ライブ報告でした。
あ〜あ、曽我部恵一BANDのアルバム三枚も借りてさ、
何だったんだろうな。
……しかも内一枚がライブアルバムという皮肉。
音源派なんならライブも音源で聴けっていう暗示か。
バクマン。が志半ばで連載打ち切りになる夢を見て焦った。
終わったら終わったで面白いけど。
ただ、毎回思うが掲載順位低いよなー。
やっぱ俺を含め馬鹿ばっかな購読層にも、
主人公の性格のよくなさくらいには気付けるもんなのかね。
ガモウひろしに影響されたか知らんが、
小畑健の描く絵までなんか性格悪くなってきたように見える。
思い込み激しいだけか、どうだろう……。
- 2009/11/03(火) 11:13:07|
- 日記
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